1/8 KHBC Radio by Masafumi Honda HJC
Saturday, October 4th, 2008平成18年1月8日 日曜日, 今年最後の「考えさせられた問題」の時間です。布哇島ヒロにあります布哇ジャパニーズセンターが布哇のみなさに贈ります。早いものです。今年も、もう一週間たってしまいました。
先週は、「元年者の孫が結んだ島と島の縁」というお話でした。東京の一番大きい島、伊豆大島とハワイの一番大きい島、ハワイ島が、姉妹島となったのは、深い縁があったからです。ハワイの10倍の人口の東京、そして、ハワイ島は、伊豆大島の10倍の人口と、とても不思議な関係なのです。1960年といえば、まだ日本が独立してまもなくです。つまり、3年前くらいまで、日本は占領されていたのです。アイゼンハワー大統領は、戦後の日本とアメリカの関係を前のように友好関係に戻すには、姉妹都市とか姉妹町などを作るしかないと発表したくらいです。そんな時代にできたのが、伊豆の大島とハワイ島の縁です。それを結んだのが、元年者桑田松五郎の孫、三世のトーマスクック市長さんだったのです。伊豆大島も大都会の東京の町となって50年だそうです。50周年を記念してのハワイ島への町長さんと115名の親善グループです。1月19日木曜日 Janurary 19 Thursdayには、ハワイジャパニーズセンターにて、朝の10時に伊豆大島とハワイ島の親睦を深めるために、古いハワイの旗をクック婦人にお返しするそうです。クック市長が44年前に伊豆大島に姉妹島を記念して伊豆大島においていった古いハワイの旗。その後、名古屋の明治村博物館に保存されてありました。クック婦人はその旗をセンターに寄付して、センターにある他の松五郎さんの写真や所持品とともに保存されることになります。ハワイ島の一世二世のあしあとを守るセンターの責任は重大です。これからも、みなさんのサポートをお願いします。
さて、今日の話は、「縁の下の力もち」という話です。
みなさんは、縁の下の力持ちという日本のことわざをしっていますか。縁の下というのは、日本の家の縁側のしたにもぐると、家のしたに2フィート以上の空間があります。下の覗く、どの日本の家も、たくさんの柱が家をささえているのが見えます。広の家もたいていもちあげられているので、わかりやすいでしょう。柱がないと家は、倒れます。柱は、黙ってじっと家を支えているわけです。水をくれとか、ありがとうと言ってほしいとか、言いません。誰にも見えないところで、じっと家をささえているのが、縁の下の柱です。縁の下の力持ちというのは、そういう柱のように見えないところで、みんなのためにがんばっている人とか何かを支えて生きている人のことです。ハワイにもそういう人たちがたくさんいます。ボランテアということばは、まさに縁の下の力持ちの人たちということです。
誰からも、頼まれないで、自分から、他の人のために手伝うけど、御礼を期待していないのです。前にも一度日本で有名な作家であり、農村の指導者であった宮沢賢治さんは、縁の下の力持ちです。ハワイにもたくさんいました。阿部三次 (Sanji Abe)さんも、そうです。誰に聞いても安部三次さんは、いい人だったといわれます。みんな助けてもらったようです。でも、安部さんは、黙って助けてあげたようです。
戦争が始まって、安部三次さんも、ホノルルのサンドアイランド、砂の島に作られた収容所に入れられました。そこで、黙ってパパイアをみんなのために植えて毎日育てたそうです。初めは、みんなに馬鹿にされていたそうです。でも、長く収容所に入れられていると、おなかもすくし、パパイアも食べたくなります。みんながそうなるのを知っているかのようにパパイアを育てたのが安部三次さんです。大久保さんも、1962年の伊豆大島とハワイ島の姉妹島や津波の助成金を日本政府からもらってくるなど、影でいろいろと苦労したみたいです。小さい体で、がんばったみたいです。そういうところは、さすが大久保さんと思います。
1924年より前から二世が伏見の宮奨学金でアメリカの大学で勉強できるようにがんばったのも、たくさんの一世たちです。そういう縁の下の力持ちの一世たちが、いなければ、たくさんのりっぱな二世弁護士や政治家や医者や先生は生まれなかったでしょう。二世たちにもたくさん縁の下の力持ちがいます。命をかけて、アメリカのため、戦かった100大隊や442部隊や通訳兵MISや機械工部部隊など、さまざまな二世による最強のアメリカ部隊がたくさん第二次世界大戦を早く終らせることに貢献しました。そして、たくさんのアメリカ兵や日本兵やサイパンや沖縄や本土の市民たちの命を救ったのもバイリンガル二世アメリカ兵たちです。戦後は、日本人の親や親類のために、日本のために見えないところで、日本の独立や発展を援助したのも、一世や二世たちです。
今のハワイにも縁の下の力持ちは、たくさんいます。津波の時計台をそうじしたり、ペンキ塗ったりしている人たち。お寺や大学の庭を自分の庭のようにめんどうみているボランテアたち。おかげさまで、ハワイジャパニーズセンターにもたくさんの縁の下の力持ちがいます。
毎日、センターでそうじしたり、電話にでたりする人。重たい材木を運んだり、ペンキ塗ったり、壁板を張ったり、大工したりする人。時々日本から来ては、資料を整理したり、ハワイの二世三世をインタビューしてくれる人。センターで何か集まりがある時には、どこからともなく、おいしいものを作ってさしいれしてくれる人。私は、日本語の「さしいれ」という言葉がすきです。何かみんなで、何かしているときに手伝えないけど、「これを飲んで、がんばって。」とか「これでも、食べて。」とか飲み物食べ物をおいていく人。こういう食べ物を「さしいれ」といいます。放課後学校に残って、みんなのために何かをしている生徒たちがいると先生が子供たちに「さしいれ」と言ってまんじゅうやたこやきをくれたのを覚えています。縁下の力持ちを支える食べ物が「さしいれ」かもしれません。
来週は、伊豆の大島から、116人のお客さんがこられます。まさにハワイ島のお客さんです。みんなで、歓迎しましょう。1月17日の夜は、25ドルかかりますが、ヒロハワイアンホテルで、一緒にお食事です。親睦会。そして、一月19日には、ハワイジャパニーズセンターにて、朝の10時から 伊豆の大島から100人以上の人たちが、ハワイ島と伊豆大島の姉妹島の友情を深め、伊豆大島とハワイ島との交流を祝う式典があります。これは、無料です。きがるに来てください。きっと伊豆大島のみなさんも、一人でも多くのハワイ島の人たちに会いたいと思っておられることでしょう。

